産みの母との面会 2

生後5週目に入った娘は、順調に成長している。
我が家に来た時にはとても大きく感じた0〜3ヶ月用のベビー服がフィットしてきた。こういうのも、あっという間に着れなくなってしまうのだろうから、ミルクやオムツ漏れで一日に何度も服を着替えるのも良しとする。
最近目を開けているときは、じっと何かを見ているようだが、いったい何を見ているのか、私のことをどのくらい見えているのか、分からない。が、そろそろ生後1ヶ月になる赤ちゃんの成長としては、身体的な発達は普通な感じではある。


一昨日は、産みの母との面会日だった。
エイジェンシーのオフィスでの面会だったが、この日はソーシャルワーカーは無しで、産みの母の姉と彼女の二人の子供達が一緒だった。
会う前に、似た感じのタイプの女性を想像していたけれど、同じ環境で成長したとは思えない程、姉の方は随分と大人で、小柄な肝っ玉母さんという印象だった。彼女には、産みの母とは異なる精神的な安定感を感じた。多分、パートナーと安定した家庭を築いているからだろう。


今回もおよそ2時間近く娘を抱き続けた産みの母だが、最後の最後まで名残惜しそうな彼女が、娘に会えなくても前に向かって自分の人生を進んで行く日は本当に来るのだろうか。
面会はフレンドリーで和やかに終わったけれど、1週間に一度のペースで会っているため、どうしてもまだ彼女の変わりに育てている、という感覚が抜けず、自分の娘なのに自分の娘ではない様な、なんとも言い難い気分。娘に、時々顔をしかめながら見つめられる度に、この子は私を本当のお母さんとは思っていないのでは? もしや、何もかも分かっている?という馬鹿げた不安に駆られる私。
そして、毎回この1週間の娘の様子を産みの母に報告する自分が、里親の様に思えてしまう。
特に、姉を”伯母さん”、子供達を”従兄弟”と娘に言っているのを目の前で聞いていると、ますますそんな気になってしまう。血の繋がりで、当然そうなのだけれど、ふと寂しい気持ちになる。そう言えば、そうだよな、と思いながらも。


それよりも、本当は、娘には愛してくれる家族が二組もあるんだと、ポジティブに捉えたい。頭では、ちゃんとそう思っているのに、魔の10日の最後の33時間以来、産みの母の存在がとても大きく重く感じるのだ。


産みの母のためにも、頑張って面会は続けて行くつもりだけれど、娘に物心がつく頃には、回数をうんと減らしたい、というのが正直なところか。


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