自分とその親を評価されること

国際養子縁組の、申請書のパッケージと格闘中。
パッケージは55ページに渡り、そのうち夫と私、それぞれの両親に対する個人的な質問が各18ページずつ。
その他にも、資産証明、結婚証明、出生証明(これは私の場合永住カードとパスポートで良いらしい)、警察証明、健康診断書等々、提出しなければならない。
まるで、移民申請をもう一度初めからやり直しているみたい。

しかし移民申請以上に厳しいと思ったのは、延々と続く私や私の両親に対する個人的な質問。
4ページ終えた時点で頭が疲れてしまった。
自分が子供の頃の、母との関係、父との関係、母と父の関係、母親がどのような人物だったか、父親は?
昔の記憶を辿ってチェックリストから当てはまる事項をすべて選んで行く。

私も夫も母よりも父親にネガティブな記憶が多い。
しかしネガティブなことを記入すると、私の親としての資質を疑われ、養子をもらえないのではないか?と不安になる。でも全くの嘘を書くわけにも行かない。
完璧な親なんていない。そう割り切って正直に記入する。


例えば、アルコールやドラッグ依存症、暴力を振るう親。妊娠中にタバコを吸ったりお酒を飲む親。子供を車に置き去りにしてパチンコに興じる親。
それでも自分が妊娠して産むのであれば、誰も評価をつけずに親になれる。
批判する人も当然いるだろう。でも、親にはなれる。しかもお役人から、『お前はひどい親だから子供は作るな』とか、『子供にとって良くない環境だから手放せ』とは言われない。
育てられない子を、ひっそりと誰にも知られずに赤ちゃんポストに落としても、誰もその人物を見つけ出して責めたリ批判したりしない。

でも子供が欲しくても出来ない人間が、親に捨てられてしまったり、親の居ない子を育てようと思ったら、長い待ち時間と共に、金銭的にも精神的にも厳しい思いをしながら、根掘り葉掘り全てを調べ上げられて、評価されなければならない。
フェアじゃない、と思う。

でも、人身売買やその他の理由で子供を守るためには仕方の無いこと。頭では理解していても、どうしてもやるせない気持ちになる。



自然に子供を授かることが出来たらこんな苦労はしないのに。
どうして私には子供を作る能力が無いのだろう。
なぜ、「私」なんだろう。
もう諦めたはずなのに、やはりその思いが私の中から消え去ることは無い。


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